2020年09月15日

プロパテント・ウォーズ 〜国際特許戦争の舞台裏〜 ざっくり要約

プロパテント・ウォーズ 〜国際特許戦争の舞台裏〜
上山明博




時は西暦2000年・・・の冒頭からしても、ちょっと古めの本です。



■「プロパテント」とは?
まず、特許は英語でpatent(パテント)です。

そして、パテントの接頭語である「プロ」は、「支持する」の意味になります。

よって、「Pro-patent(プロパテント)」の意味は、特許の保護、および強化となります。これを「特許重視」と訳すのが、日本では一般的です。

この言葉が誕生するきっかけとなったのは、アメリカの元大統領ロナルド・レーガンの打ち出した、プロパテント政策です。


■あの人、本当は発明していない?
本書で紹介されていた意外な真実、以下の3つが挙げられているのですが、なかなかビックリです。


・ガリレオは望遠鏡を発明した ← 嘘

・ソニーの創始者、井深大(いぶかまさる)はテープレコーダを発明した ← 嘘

・ビルゲイツは世界標準OSのMS-DOSを"独自"に開発した ← 嘘

彼らはみな、別の発明家による発明を、商品として昇華させて販売し、世界に広めたことで成功したのです。

一般的には「発明家」として有名な彼らですが、その偉大さは飽くまで「実業家」としてのことでは?といった話でした。


■日米特許戦争について
本書のメインテーマは多分このあたりの話です。

日米特許侵害戦争の先駆けとして紹介されている「日本製電球特許事件」について、触りの部分だけ、時系列で超軽くまとめてみます。
(詳しく知りたい方はググるor本を買ってみてください)


1.ゼネラルエレクトリック(GE)社が、同社の所有する一部の白熱電球を、東京電球会社に特許侵害されたとして提訴。

2.日本製電球の輸入商店(アメリカ現地)から、日本の業界団体に報告が届く。内容は「一部の電球が特許侵害とか言われてるせいで、他の日本製品もメチャクチャ不利益を蒙(こうむ)っててヤバいです」みたいなニュアンス。

3.当組合の理事長が、この事態について報告書を作成し、政府当局に提出。

4.アメリカにおける特許侵害訴訟は、日本にとって初めての体験。そのため、対応グダグダ。その間にも日本製電球の輸入を取りやめる業者続出。

5.まもなくGE社により、日本製電球がアメリカ市場から締め出された。

6.これを受けて、さらにオランダのフィリップス社が日本製電球の訴訟に便乗してきた。インドネシア、ブラジル、ベルギー、オーストリアなどで、日本製電球の輸入業者を特許侵害で提訴。

7.日本側、何も対抗できず、原告との和解に甘んじる。結果、日本製電球は世界市場から駆逐されていく。

8.東京電球会社と太平洋輸入会社の二社のみ、GE社との示談を拒否、GE社に応訴する決断。

9.日本側、GE社の不当な特許権を打破すべく、臨戦態勢を整える。陸軍少将の本庄庸三をトップに据えた「GE特許対策連合会」を設立。

10.日米特許戦争、開戦。


これが4年ほど続き、結果として日本は全面敗訴します。

ところが、この一件には"舞台裏"の話があります。

実は、アメリカをはじめとした世界の電球メーカーが、某国際闇カルテルをつくっていたと言うのです。

早い話、日本に対して電球の特許侵害を訴えていた世界の各メーカーは、日本を白熱電球の市場から排除するために、最初から手を組んでいたわけです。

そんな穏やかじゃない話が紹介されていました。



ちなみに、電球特許事件の時代は、第二次大戦の直前ぐらいです。

この時代においては、どうやら鉛玉を飛ばし合うだけが戦争でも無かったようです。

世界中がグルになって日本をのけ者にしていたのですが、それが出来てしまうような特許の仕組みそのものが、何よりの問題でした。

それが今日に至るまでに、どのような対策、改善が施されてきたか。併せて、これからのプロパテント時代を生きることについて、著者の考えが示されています。
ラベル: 新書 要約 特許
posted by 竜宮(タツノミヤ) at 22:15| Comment(0) | 備忘録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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